心臓ハツ体験

よく育ったメスの鹿が四肢を大の字に縛られ、すでに生気を失った濁った目は空を仰いでいる。腹は縦に割かれて内蔵から湯気が上がっていた。お隣のTさんは猟師だ。朝早くから下処理に余念がない。

「立派な鹿が穫れましたね」思わず車中から声をかける。「かわいそうだけど、仕方がない。畑を荒らすで敵だ。一番美味しいところを持ってくか」そう言ってTさんが内蔵の塊の中から取り出したのは「心臓」だった。

実家の旅館でも鹿肉はメインの定番だ。ロースやフィレが柔らかく、現代人の好みに合うのでよく使う。けれど最上級が心臓とは、初耳だった。ジビエの精肉所でも扱っていない部位なだけに頂くのが楽しみだ。

 その日は弟の経営するフレンチレストランでサービスの仕事だったのでそのまま持っていって、まかないで焼いてもらった。鹿の心臓は皆食べた事がなく、初体験だった。「牛ハツとかわらないですね」店のYシェフが驚いていた。

 動物でも山菜でも食材を「死にたて」で扱える強みを持つのが猟だ。今年、弟の允(まこと)は狩猟免許を手に入れた。食材が身近に豊富な分、その鮮度にこだわりはじめると行き着くのが「猟師」と言う事になる。

 季節の成り行きは命の醸成の一部。年々に違う温度や湿度、風の流れ。これら目に見えないものは山の中で影響し合って、やがて形になって現れる。季節が巡る中で、肌で感じ取った目に見えない情報と山の中の具現化率がイコールになっているとお山と話が出来たようで嬉しい。